紅色の金剛石

サッカー、アニメ、ゲームなどを語るブログ。

「ドーハの悲劇」からまもなく20年

サッカー日本代表最大の悲劇と言われる「ドーハの悲劇」。あれからまもなく20年の歳月を迎えます。

まず、ドーハの悲劇について紹介。

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時は1993年。日本初のプロリーグ「Jリーグ」か開幕した。それと同時期に始まったのが、翌年開催されるアメリカW杯の出場をかけた予選。

サッカー日本代表(以下、日本)は、1次予選を無敗で突破。

それから10月、最終予選が開催。最終予選で2位以内に入れば、悲願のW杯初出場となる。

日本は第4戦まで、勝点5で首位に立っていた。そして10月28日に最終戦、イラク戦がキックオフされた。

イラク戦は前半5分、三浦知良(キングカズ)が先制点を決めた。しかし、後半10分に1点を返される。後半24分、中山雅史が勝ち越し点を決めた。そして試合終了間際、逃げ切れば日本がW杯出場を決めるところだったが、後半44分に再び1点を返され試合終了。得失点差で韓国(2位)を上回ることができなかった日本は3位に終わり、W杯本戦出場とはならなかった。

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ちょっと文が長くなってしまいました。すみません。

まあ、こんな感じとなりました。なお、日本代表は4年後のフランスW杯最終予選では第3代表決定戦で劇的なVゴールを決めW杯初出場を決めました。(ジョホールバルの歓喜

 

そして2013年、あれから20年の時が経ちます。当時俺はまだ生まれていませんでしたが、この経験が日本代表にとって「W杯出場は簡単ではない」ということが教訓としていかされることとなりました。しかし、ブラジルW杯では当然のように予選を突破しましたがw

 

で、10月28日が20周年として正確な日にちになりますが、この日は修学旅行のため今日書きましたorz